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子どもに「ゲームばっかりして」と言えない理由 ── ゲームボーイの牧場から、写真と映像とWEB開発の会社を作るまで

配合をすると、親の二匹はいなくなる。

私がそれを知ったのは、ゲームボーイの小さな画面の中でした。『ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド』。旅の扉をくぐって、モンスターを仲間にして、牧場に連れて帰る。二匹を掛け合わせると、新しい一匹が生まれる。そのかわり、ここまで一緒に戦ってきた二匹は、もう戻ってこない。

はじめて配合の画面で「はい」を選んだときのことを、まだ覚えています。強くなりたい。でも、この子がいなくなるのは嫌だ。しばらく迷って、結局「はい」を押した。生まれてきた一匹は、たしかに強かった。あれが、何かを得るために何かを手放すという判断を、私が生まれて初めて自分でした瞬間だったと思います。

いま私は、写真を撮り、映像を作り、デザインとWeb、アプリを組む会社をやっています。どれも学校で習ったものではありません。その入口をたどっていくと、勉強机ではなく、あのゲームの中に行き着きます。

ゲームは、私に三つのことを教えていた

「ゲームばっかりして」。私も言われて育ちました。いまなら親の気持ちも分かります。それでも、あの頃の私が画面の中で拾っていたものを一つずつ書き出してみると、簡単には言えなくなります。

ゲームが、子どもの私に教えていた三つのこと
 
01
組み合わせには、法則がある
配合の規則も、カードゲームのデッキの強さも、一つの要素では決まらない。何と何を並べるかで結果が変わる。誰にも教わらず、繰り返しの中で表が頭にできた。
02
負けたら、変えて、もう一度やる
悔しいからデッキを組み替える。それでも負けたら戦い方を変える。仮説も検証も知らない。ただ勝ちたかっただけの、いちばん古い試行錯誤。
03
先に進みたいから、文字を読む
カードの効果を使いたいから小さな文字を読む。「破壊」「無効」「墓地」。意味が分からない言葉を、目の前で起きることと一緒に覚えていく。
図:表から見れば、ただゲームをしている子どもでした。奥では、法則と、考え方と、言葉を拾っていました。

① 組み合わせには、法則がある

テリーのワンダーランドの配合には、決まりがあります。この系統とこの系統を掛けると、この系統になる。攻略本は持っていなかったので、手持ちのモンスターを片っ端から掛け合わせて、生まれた結果を自分で覚えていきました。何度か失敗するうちに、頭の中に表ができてくる。誰にも教わっていないのに、気づいたら知っていました。

遊戯王カードも同じでした。一番強いカードを持っている子が勝つのだと、最初は思っていた。でも実際に勝つのは、手持ちのカードの組み合わせを考えている子でした。強さは一枚では決まらない。何と何を並べるかで決まる。

いま私が撮影の現場でライトを置く位置を決めるときも、アプリの画面を組むときも、やっていることはこれです。一つの要素の強さではなく、組み合わせで結果が変わる。それを最初に体に入れたのは、ゲームボーイでした。

② 負けたら、変えて、もう一度やる

遊戯王で負けると、悔しくて仕方がなかった。だから家に帰ってデッキを組み替える。一枚抜いて、一枚入れる。次の日また負ける。今度は戦い方そのものを変える。

仮説とか検証とか、そんな言葉は知りません。ただ勝ちたかっただけです。でも、うまくいかなかった理由を考えて、どこかを変えて、もう一度試す。あの繰り返しが、私の覚えている一番古い試行錯誤です。

私がアプリを作っているとき、一日の大半はこれをしています。動かない。原因を推測する。直す。また動かない。別のところを直す。動いた。誰かに「そういうふうにやりなさい」と教わった記憶はありません。負けたくないから変える、を子どもの頃に何百回とやっていただけです。

③ 先に進みたいから、文字を読む

遊戯王のカードは、効果を読まないと一枚も使えません。「破壊」「無効」「墓地」。小さな文字で書かれた発動条件を、辞書を引かずに、対戦の中で覚えていきました。意味が分からない言葉を、目の前で起きることと一緒に知っていく。学年より上の漢字を読んでいたと思いますが、本人はそんなことを気にしていません。カードを使いたいだけです。

ジブリの映画からは、別のものを受け取りました。『風の谷のナウシカ』で、毒だと思っていた腐海が、実は汚れた世界を綺麗にしていたと分かる場面。『もののけ姫』で、森を切り開くエボシが、悪い人ではないと分かってしまうこと。見えているものと本当のことは違う。正しい側は、一つではない。子どもの私に、それを最初に考えさせたのは教科書ではなく、あの二本でした(宮崎駿の言葉については別の記事で書いています)。

『NARUTO』で一番覚えているのは、必殺技ではなく修行の描き方です。木を登る。水の上に立つ。螺旋丸を、段階を分けて練習する。大きな技を、小さな工程に分解して一つずつ身につける。私が刺繍のデータを書くときも、撮影の段取りを組むときも、頭の中でやっているのはこの分解です。

「面白いからやる」には、名前がついている

教育心理学に、デシとライアンという二人の研究者が提唱した自己決定理論があります。自分で選んでいるという感覚。少しずつできるようになっているという感覚。同じものが好きな誰かとつながっているという感覚。この三つが揃ったとき、人は褒められなくても叱られなくても、自分から学び続ける。内発的動機づけと呼ばれるものです。

自己決定理論 ── 人が言われなくても学び続ける、三つの条件
 
01
自律性
自分で選んでいる、という感覚。誰にも言われずに始めた。
02
有能感
少しずつできるようになっている、という感覚。昨日より強くなった。
03
関係性
同じものが好きな誰かとつながっている、という感覚。学校に行けば、同じゲームの友だちがいた。

牧場でモンスターを配合していた私は、この三つを全部持っていました。教材の条件を、ゲームボーイが勝手に満たしていたわけです。

図:デシとライアンが提唱した自己決定理論。三つが揃うと、褒められなくても叱られなくても、人は自分から学び続ける(内発的動機づけ)。

逆のことも言えます。親に「これは勉強になるから」と渡されたものを、私はほとんど覚えていません。渡された瞬間に、「自分で選んでいる」が消えるからだと思います。

大人になっても、入口は変わらなかった

この話を書いているのは、子育ての話がしたいからではありません。大人になった私が、いまだに同じやり方でしか物を覚えられないからです。

刺繍を始めたときのことです。自分のブランドで、手刺繍のような表情の刺繍を機械で入れたかった。工業用の刺繍機を入れて、さっそく糸を通したら、動かすためのデータを作るソフトが別に必要だと分かりました。そのソフトは、業務用で、高い。仕方がないので、機械が読むデータの中身を調べてみたら、針を落とす座標がひたすら並んでいるだけでした。それなら自分で書けるんじゃないか。そう思って書き始めたのが、いま自分の刺繍機を動かしているプログラムです。

写真も同じでした。中判のカメラを使うようになって、一日に撮る枚数が増えると、選ぶ作業が遅くて仕方がない。既存のソフトでは待たされる。ファイルの中に小さなプレビュー画像が埋め込まれていると知って、それだけを直接読めば速いはずだと考えて、選抜専用のアプリを作りました。

どちらも、勉強しようと思って始めたことではありません。刺繍がしたかった。写真を早く選びたかった。そのために目の前の壁を一つずつ調べていたら、Swiftが書けるようになり、刺繍データの仕様が読めるようになっていた。配合の表が頭の中にできたときと、順番が一つも変わっていません。

「面白がっている人」の手にだけ、技術が残る

同じことを、会社の中でも見ています。マニュアルを渡されて覚えた人と、自分で壊して直した人では、半年後の手つきが違います。前者は、マニュアルに無いことが起きると止まる。後者は、止まらない。止まったところが、その人にとっての次の配合だからです。

同じ「覚える」でも、残り方が違う
 
教わった人
マニュアルを渡されて覚えた
  • 書いてあることは、できる
  • 書いていないことが起きると、止まる
  • 「勉強になるから」と渡されたものは、覚えていない
  • 半年後、手つきが変わらない
早い。でも、残らない
見つけた人
自分で壊して、自分で直した
  • 壊した場所の仕組みを、体で知っている
  • 止まった場所が、その人にとっての次の配合になる
  • 誰にも言われずに始めたものは、忘れない
  • 半年後、手つきが変わっている
遅い。でも、残る
差
図:会社の中でも、同じことが起きています。面白がって動いた人の手にだけ、技術が残ります。

だから私は、人に何かを覚えてもらいたいとき、先に教えることをやめました。代わりに、その人がいま何を面白がっているかを聞きます。撮影が好きなら撮影から、機械が好きなら機械から。入口はどこでもよくて、面白がっている場所から歩き始めた人は、必要な知識を自分で拾ってきます。私がそうだったので、それを信じています(伸び続ける人と止まる人の違いは、こちらの記事にも書きました)。

何を教えるかより、何を面白がっているか

子どもに対しても、同じことしかできないと思っています。特別な準備は要りません。

01
否定しない
「ゲームばっかりして」を、まず言わない。その子がいま何を喋りたがっているかを、先に聞く。たぶん、聞かなくても勝手に喋ってきます。
02
一緒に面白がる
ゲームでも、アニメでも、虫でも、電車でもいい。大人が本気で面白がると、子どもはその先を話し始めます。
03
出てきた言葉や疑問を、その場で一緒に調べる
ゲームに出てきた地名を地図で探す。カードの効果の計算を、指を折って一緒に追う。映画を観たあとに「自分だったらどうする」と聞く。それだけで、学びは勝手に始まります。

一つだけ気をつけていることがあります。「これは勉強になるね」と、絶対に言わないこと。言った瞬間に、その遊びは私が覚えていない方の遊びになります。

決まった正解と、正解のない問い

もちろん、現実には受験があり、仕事には納期があります。決まった正解に誰より早くたどり着く競技と、正解のない場所で自分の問いを立てる練習。子どもも大人も、この真逆の二つを同時に求められている。どう両立させるのか、私も答えを持っていません。

それでも、確かだと思っていることが一つあります。

教わったことは忘れる。自分で見つけたことは、残る。

配合の画面で「はい」を押した日、私はただ遊んでいたつもりでした。でも、あの日に覚えた「何かを得るために何かを手放す」は、いまも会社の判断のたびに顔を出します。あそこから、全部始まっています。

あなたの入口は、どこでしたか。

濱本悠世(株式会社アルシオン 代表)
この記事を書いた人
濱本 悠世
株式会社アルシオン 代表 / ディレクター・フォトグラファー

広島県福山市のクリエイティブ制作会社アルシオン代表。信条は「見えない価値の可視化」。クリエイティブの核を写真(Phase One 中判1億画素超)とし、Web・映像・3DCG・グラフィック・システムに波及、開発までを手がける。デザイナー・プログラマーをはじめ、各領域を10年以上深掘りした精鋭が、企業の“根っこ”にある物語を引き出し、採用・受注・ブランディングを“伝わるかたち”に変えます。

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