あなたにとって「美しい人」とはどういう人でしょうか。10代、20代の頃は、容姿や才能に目がいきがちであったように思います。偶然、彼女の残した言葉に出会い、静かに、これほど深く言い当てたものはないと思ったので紹介させていただきます。
私が知りうる最も美しい人とは、
もがき、苦しみ、敗北を知り、
苦労が水の泡になってもなお自分の力で道を切り拓いた人だ。
彼らは繊細で、感謝を忘れない。
その人生は、理解や親切心、愛情深さで溢れている。
美しい人の存在は、偶然ではない。
この言葉を残したのは、エリザベス・キューブラー=ロス。彼女がどんな人生を送った人かを知ると、この一節の重みは、まるで違って感じられるはずです。
誰の言葉か ── 死を、見つめ続けた人
エリザベス・キューブラー=ロス(1926–2004)は、スイスに生まれ、アメリカに渡った精神科医です。1969年の著書『死ぬ瞬間(On Death and Dying)』で、人が自らの死を受け入れていく心の道のりを、「否認・怒り・取引・抑うつ・受容」の5段階として描き、世界中に知られました。
その5つの段階は、たとえばこう描かれます。
この「死を受け入れていく心のプロセス」を初めて体系立てて示したことは画期的で、彼女のモデルは、いまも世界の多くの国で、医学・看護・心理学などの教科書に載り、終末期ケアやグリーフケア(悲嘆へのケア)の土台となっています。人が悲しみや喪失とどう向き合うかを語るとき、避けて通れない一人といえるでしょう。
晩年の彼女は脳卒中で倒れ、車椅子での生活を余儀なくされます。長年、人々に説いてきた“死の受容”を、今度は自分自身が生きることになりました。そのときの彼女は、怒りや弱さを隠さなかったと伝えられています。聖人のようにではなく、一人の人間として最期まで悩み続けた。その正直さも含めて、彼女の言葉は信じられるのだと思います。
彼女は1926年、スイス・チューリッヒで三つ子の長女として生まれました。戦後まもなく、ボランティアとして訪れたポーランドで強制収容所の跡地に立ち、収容されていた子どもたちが壁に残した無数の蝶の絵を目にします。絶望の中で、人は何を思うのか。この体験が、のちに死と向き合う仕事へ進む原点になったと言われています。
医師となりアメリカに渡った彼女は、死にゆく患者から直接話を聞くセミナーをシカゴの病院で始めます。当時、死は医療の“敗北”とされ、患者本人と死について語ることは避けられていました。この方法は医学界から強い反発を受けましたが、彼女は続けました。その記録が『死ぬ瞬間』となり、世界中の医療・看護の現場を変えていきます。
彼女が生涯にわたって向き合い続けたのは、死にゆく人々でした。終末期のケアという考えがまだ薄かった時代に、病院のベッドで最期のときを待つ人の傍らに座り、その声にひたすら耳を澄ませた。だから彼女の言葉は、机上の理屈ではなく、幾千もの人生の“最後の姿”を見届けたところから生まれています。
なぜ、この言葉に重みを感じるのか。
「最も美しい人」を、彼女は決して見た目では語りません。もがき、敗れ、報われないと知ってもなお、自分の足で立ち上がった人だと言う。──これは、数えきれない死の枕元に座り続けた人の、観察の結論です。
人は、すべてを削ぎ落とされたとき、何が残るのか。地位も、若さも、健康も手放したあとに、それでも滲み出てくるもの。彼女はそれを「美しさ」と呼びました。だからこの一節は、優しい慰めではなく、人生の最終盤に何度も立ち会った人だけが言える、静かな断定なのだと思います。
越えてきたものは、顔に残る
ものをつくり、日々人が何を見て、どう感じるかを考える仕事をしていると、この言葉の前で、少し立ち止まってしまいます。写真を撮り続けていて美しく写るのは、整った顔立ちではないということ。その人が何を背負い、何を越えてきたのかが、表情のどこかに宿っているかどうかです。
苦労の跡は、ときにシワや疲れとして表に出ます。けれど不思議なもので、それを引き受けてきた人の顔には、越えてきたものの分だけ、深い静けさが宿る。整えることよりも、その静けさを残したい。撮るたびに、そう思います。
偶然ではない、ということ
「美しい人の存在は、偶然ではない。」──この結びが胸に残ります。それは、生まれ持った幸運ではなく、一日一日を、どう引き受け、積み重ねてきたかだと、彼女は言い切っている。
もがいた分だけ、失った分だけ、人は美しくなれる。そう受け取れるなら、いま目の前にある苦労も、少しだけ違って見えてくる。死をいちばん近くで見つめ続けた人が遺したのが、これほど生きることへの肯定だったという事実に、私はいつも励まされます。
